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初めて就職した会社を9年間勤め、32歳で初転職、そこから14回の転職を経験しました。
その間に債務整理を2回…
任意整理と自己破産
こんなにも人生って上手くいかないものかと、挫折というか、笑えない笑い話を繰り返しながら40代に入りました。
人生の良し悪しを他人と比べることはできない
しかし事実は残ってしまっているので、全てをここに記そうと思います。
一番分かりやすいのは年収だと思うので、転職回数分の年収の推移と、その時を振り返ってみようと思う。
【一覧表】17年間・14社分の年収推移グラフ
| 社数 | 就業期間 | 業種・職種/雇用形態 | 年収 |
|---|---|---|---|
| 1社目 | 9年 | 人材系(派遣)・営業/正社員 | 510万円 |
| 2社目 | 5ヶ月 | 人材系(媒体)・営業/正社員 | 288万円 |
| 3社目 | 1年 | 製造業/正社員 | 500万円 |
| 4社目 | 8ヶ月 | 人材系(建築業)・営業/正社員 | 360万円 |
| 5社目 | 1年 | 人材系(IT)・営業/正社員 | 360万円 |
| 6社目 | 3ヶ月 | 不動産投資・営業/フリー | 200万円台 |
| 7社目 | 5ヶ月 | 郵便局(宅配)/フリー | 420万円 |
| 8社目 | 6ヶ月 | 人材系(IT)・営業/正社員 | 360万円 |
| 9社目 | 2ヶ月 | 建設業・営業/正社員 | 300万円台 |
| 10社目 | 1年 | Amazon(宅配)/フリー | 400万円 |
| 11社目 | 1年 | 人材系(IT)・営業/正社員 | 360万円 |
| 12社目 | 1ヶ月 | クロネコヤマト(宅配)/フリー | ー |
| 13社目 | 8ヶ月 | 佐川急便(宅配)/フリー | 420万円 |
| 14社目 | 1年 | タクシードライバー/正社員 | 580万円 |
| 15社目 | 今ココ | 建設業/正社員 | 非公開 |
【1社目】年収510万。9年勤めたブ◯ック企業を「辞めてもいい」と気づいた日
32歳まで勤めた1社目の会社
給料は決して低くなかった
およそ510万円の年収
しかし、それ以上に借金が増えていく日々
断れない飲み会と強制外車購入
そして連休という概念はなく、残業当たり前の毎日
辞めたいと相談したことは何度もあった
その度に引き留められ、このままこの会社に居続けるものと思っていた。
そんなある日、絶対に辞めないと思っていた人が辞めることを知った
入社するきっかけを作ってくれた会社のNo.2の専務
そして僕を引き留めていた張本人だ
その瞬間、視野が広がった
「あ、俺も辞めていいんだ」
しかし、就職活動をしたことのない僕は大苦戦を強いられることになった…
【2社目】年収が4割減に。初転職の焦りが招いた致命的な計算ミス
1社目でおよそ9年在籍、経歴書も数字だけを見れば実績があるように見せることができた
同じくらいの年収は厳しいと自覚しつつも、転職自体は簡単にできるだろうと思っていた。
しかし現実は全く上手くいかなかった
「これが30代の転職が難しいと言われる理由か・・・」
まず書類選考が全く通らない
書類が通って面接に挑んでも全然響かない
というのも、面接が下手すぎた・・・
面接の練習をしていなかったせいもあるが、こういう質問が来たらこう返すという準備を全くもってしていなかった。
(というか、面接対策という概念すらなかった…)
辞めることだけはすでに決まっていた(退職届は提出済み)
しかし辞めた後の収入がなければ借金の支払いができない…
たしか…退職1ヶ月を切ってから初めての内定が出たと記憶してる
正常な精神状態なら、別の内定が出るのを待つという選択を取ると思う
しかしそんな余裕が全くなかった当時の僕は、焦って最初の内定に飛びついた
提示された年収は288万円
前職と比較すると約4割減
転職できなければ借金が返せないからと焦って決めた結果・・・288万円の年収では結局返せなかった。。
徐々に生活ができないレベルになり、5ヶ月で退職を伝えました。
しかしこの会社、今も売上を伸ばしてるようでこっそり応援してます。
サービス自体は好きだったので、営業するのは好きでした。
生きていくためにはまた転職活動を始めなくちゃいけない
2度目の転活もどうも上手くいかない・・・
僕は知り合いに相談しました
【3社目】年収500万でも1年で離脱。リファラル採用と「残業120時間」の代償
3社目の転活も上手くいかず、僕は知り合いに相談しました。
そしてその方が勤める会社にリファラル採用してもらうことに。
条件はかなり融通してくれた
しかし部署だけは会社側の条件で入社しました。
結果、この部署が原因で1年での退職となったのですが・・・
経験的には営業職だったが、業界のことを知るために製造部に所属
この製造部がものすごく忙しく、120時間以上の残業をする月もあった。
体力には自信があったので、残業は問題なかった
退職の理由は別にありました。
それは、製造部には変わった人しかいなかった…
・普段無口なのに突然キレる人
普通に仕事していれば作業も早いし問題ないのだが、
コミュニケーションが下手すぎて、自分の思い通りにならないと急に不機嫌になり、キレだす
・仕切れない上司
仕切れず段取りができない、フラフラと色んな作業に手を出し始める飽き性な上司
この人のおかげで残業時間が増えていたと言っても過言ではない…
僕は未経験で、一番年齢が下の下っ端社員
ただ言われるままに業務をこなすしかできませんでした・・・
結果、有給を使って転職活動を始めます
次の職場が決まってから、紹介してくれた方には伝えました
残業時間や人間関係のことは知っていたので、察してくれていて何も言わずに転職させてくれました。
知り合いに迷惑かけるくらいなら、もう知り合い頼りでの転職はしないと心に誓いました。
ちなみにこの1年の年収は、500万円ほどいったでしょうか
【4社目〜】手取り20万台の自転車操業。人材系と軽貨物を反復横跳びした6年間の迷走
初めての職種を経験したことにより、改めて営業職になりたいと思い再度の転職活動を経て人材系の企業に勤めました。
しかしここで感じたのは理想と現実のギャップ
売上が上がらないわけではない
しかし自分の理想とは程遠い現実に、自らにプレッシャーをかけてしまい勝手に病んでいきました。
そしてまた転職を考える
借金返済が最優先なので給料が良い職場で探す
さらにこの時に考えるようになったのは、企業に雇用されるのではなく、個人として働く方が向いているのではないかという思考
自然と辿り着いたのは軽貨物ドライバー(宅配)という職種でした
しかし僕は、軽貨物を経験してホワイトカラーの人たちに対して劣等感(悔しさ)を感じるようになりました
・定時帰宅するサラリーマンを横目に遅くまで走り回る毎日(終わるのが20時〜21時)
・感謝の一言もなく、インターフォン越しにそこに置いといてとだけ言う失礼な客
こんな人たちのために頑張るのが悔しくなった
「俺だって営業できるし…」
またあの場所に戻りたいと思うようになりました。
そうして人材系の企業3社と軽貨物(郵便局→Amazon→クロネコヤマト・佐川急便)を交互に転職することに。。
『個人で稼ぐ』と軽貨物に行き、スーツへの劣等感からまた人材系の仕事に戻る
この不毛なループを10社・・・繰り返しました
年収は300万円台をウロウロしていた
ちなみに…軽貨物ドライバーという仕事は、稼げなくはないのですが…
朝の6時くらいから、夜は21時過ぎまで働くこともあり長時間労働
場所によっては条件が週6日勤務
しかも長時間働いたからといって給料がよいわけではない
荷物の数が少なければ稼げない
それでも、時間指定の荷物は必ずある
19時〜21時指定は本当に鬼畜の所業
指定してあるのに不在とかもう地獄
【14社目】年収580万の代償。タクシーは借金返済の光明と心身の崩壊
東京で最後に働いた場所はタクシードライバー
月収を1年に均しておおよそ580万円
続けていれば600万円はいけたと思っている。
この時は借金返済にどうにも首が回らなくなっていた状況
稼げるだろうとは知っていても、ぶっちゃけ挑戦したくなかった仕事でした
背に腹は変えられずタクシー業界に飛び込んだ
事実、稼げた
しかし1日中座りっぱなし&長時間勤務&客ストレス
これで体も心も限界を迎えました
お金がなければ何もできないが、お金があっても体が壊れてしまえば何もできない
しかし、タクシーの仕事をしたことで僕の借金人生に光明が差したことも事実
自己破産が前に進んだのもここで稼げたからです。
【15社目】年収・キャリア・自己破産、すべてをリセット。長野で迎える40代
今現在はココ
建設業に転職
年収は前職(タクシー)より下がりました。
Iターン&未経験職種なので当然と言えば当然
(具体的な数字は、借金が落ち着いたら公開します)
ちなみに地方移住のボーナスの一つとして「移住支援金」がもらえる
単身者の場合、60万円です。
東京で働いていた僕は、この60万円をもらえる気満々で長野に越しました
しかし、条件に該当せず・・・
長野に来てからの生活を充実させるために、完全に勘定に組み込んでいたお金だったのですが…
さらに、東京で弁護士と結んだ契約(自己破産)も地方移住したことにより強制解約となりました。
結果、新しい司法書士との契約を結ぶことになり、また一から積立金を貯めることに・・・
本当のリセットが待っていました
痛い目が続く1年目の長野生活
タクシーで貯めた貯金はなくなりました。。
まとめ:年収が半分になっても、14回転職しても、人生は続いていく
転職14回を繰り返してわかったことがある。
それは「借金という強迫観念があると、人は正常な損益分岐点の計算ができなくなる」ということ
お金に余裕がないから、焦って条件が合わない会社にも入ってしまう(2社目)
返済が苦しいから、体を壊してでも目先の収入(軽貨物・タクシー)に逃げる。
結局、自分の生活を守るための大義名分が、自らのキャリアを白紙にし、友だちもなくし、自信も奪っていった。
40代になり、長野(地方移住)で建設業(未経験職種)という全く新しい環境にいる
借金問題にようやく見通しが立ち、
初めて「お金以外の基準」で仕事と向き合えている気がする
正直これが正解かどうかはまだわからない。
ただ、もうあの「手取り20万円の自転車操業」には戻らないことだけは分かっている